ギリギリの日常ブログ

2019年よりブログ開始。日常の様々な情報をインプットし、ブログの場をお借りしてアウトプットしていきたいと思います。元サラリーマン、資格を取って医療職に転職したサラリーマン医療職です!ブログについて日々試行錯誤中。

【医療】尊厳死について透析中止による患者死亡のニュースから考察してみる

 どうも!ギリギリです!

今回はちょっと重いテーマになりそうです。

先日透析患者の治療を中止したことにより患者が死亡したとの記事を見ました。

news.yahoo.co.jp

 

目次

 

そもそも透析とは

皆さんは透析と聞いてどのようなイメージをお持ちでしょうか。

腎臓が悪い人が行う治療ぐらいの認識でしょうか。

透析治療を受けている患者は、

全国で約30万人います。

治療は週3回、1回約4時間です

どのようなことを行うのか、ご存じですか?

まず腕にシャントと呼ばれる血管を手術でつくります。

その血管に2本の針を刺します。2本刺すのは、片方で血液を取り出し、もう片方で体に血液を戻す為です。

針の太さは、普通の採血で利用される針の2倍、献血に使われる針と同じぐらいの太さです。(患者によって異なる場合がある)

最近は、ほとんどの施設が痛み止めの薬を塗ってから針を刺しますが、個人差があり効果が薄い場合もあります。

針を刺したら血液を綺麗にするために機械へ送ります。綺麗になった血液はまた体内に戻される仕組みです。

また、腎臓が悪い患者はおしっこが出ないため、血液から一定量の水分を取り除くきます。そうすることで体から不要な水分を取り除くことができるのです。

治療は基本ベットに仰向けになって行います。腕には治療中ずっと針が刺さっているので自由に動くことはできません。治療後は長時間仰向けでいることによる腰の痛み、急な水分除去による体のだるさ、治療後の立ちくらみなどの症状が出ることがあります。

また、透析患者は食事、水分制限もあります。カリウムの高い食べ物を摂取しすぎると心臓が止まる危険もあります。

このような治療をずっと行っていくと考えると、悲観的になってしまう方もいます。

実際、透析の苦しみは、透析患者しかわからないのです。

因みに、透析治療を拒否して亡くなる方は実際かなり少数ですがいらっしゃいます。

 

今回の問題点

「正気な時の患者の固い意志を尊重した」という医師の今回の判断。患者本人の意見を尊重したという点については問題なかったように思います。

しかし、大きなニュースとして取り上げられたということは何かしら問題があったわけです。

私なりに感じた問題点は3つです。

 

他の有識者を交えて、十分な説明がされたのか

言葉の使い方は難しいです。100人いたら100通りの伝え方があります。今回の場合、外科医が患者へどのような伝え方をしたのかは分かりませんが、もし一人で話を進めてしまったとするならば、問題があると思います。命に直結する話しになる為、複数人の医師を交えての説明、またはセカンドオピニオン(他の施設に相談すること)を行い、様々な意見を聞いた上で患者が最終的な判断をする必要があったと思います。実際にどのような形で患者へ説明されたのか詳細はまだ不明です。しかし、遺族が後悔や、疑問の念を持っているということは、十分な説明ができていなかったのではないかと思います。

 

人の意思は状況によって変化するという観点が抜けていたのではないか

透析をしないことによって起こる合併症で代表的なのは溢水です。おしっこが出ないため体に水が溜まってしまう状態です。症状として何が起こるか。代表的なのは呼吸困難です。心臓から上手く全身に血液が送り出せなくなることにより、肺に水が溜まり上手く呼吸ができなくなります。肺が水で溺れている状態です。どれだけ息を吸ってもずっと苦しい状態が続くのです。

その時の苦しさを想像できますか?

そんな苦しい状態が続いていたら、例え透析治療を中止するとそれまで言っていたとしても、「やっぱり透析をして欲しい」と思う人もいるのではないでしょうか。

「ひょっとしたらこの患者は透析を行わないことによって、生じた苦痛によって意志が変わったのではないか?」とこの医師は考えたのでしょうか?

ただ、この記事を読んでいて不可解な点があります「こんなに苦しいのであれば、また透析をしようかな。」と発言したとあります。

かなり曖昧な発言ではないでしょうか。「透析をして欲しい」と断言しなかったのであるならば、医師の判断は妥当であったのかもしれません。

その辺りは今後の調査で明らかになると思われますが・・・。

 

日本は尊厳死についての制度がない

日本の尊厳死制度の議論はなかなか進んでいないようです。

もし、尊厳死を認める制度が法律で定められていれば、今回の事件は違う結果になったのかもしれません。

尊厳死制度については、2008年に政府が医師が延命治療相談を受けると診療加算がとれる制度を導入しましたが「高齢者に早く死ねということか」などの批判を受け廃止。2017年に京都市は自身が延命を望むかを事前に記入してもらう事前指示書を配布したが、「医療費の抑制の為か」などと反発を受けました。

批判は大切なことだと思いますが、なぜここまで拡大解釈になるのか私にはよくわかりません。これでは尊厳死の議論は進みそうにありません。私は延命治療の現場を何回も見てきました。その現場をみて思ったのは、

 

私ならば、延命治療は望みません。

 

理由は、残された家族が辛い想いをするからです。あくまで個人的な意見です。

ただし、延命治療には種類があります。

私の場合は、人工呼吸器による延命措置は望みません。

延命措置と言ってもさまざまなケースがあるので、説明する側は注意が必要です。

 

まとめ

今回の件、医師が治療を中止したことによって、患者の意思は守られたのかもしれません。しかし、遺族に大きな後悔と不信感を残してしまった以上、正しい対応ができたとは思えません。

ただ、「今回亡くなられた患者が、もし大きな苦痛もなく突然亡くなったとしたら違う結果になったのではないか」と私は思うのです。

そう考えると、結果に大きく左右されてしまう日本の医療制度はまだまだ問題があります。今後、どれだけ医療が発達しても必ず死は訪れるものです。死人に口なし。亡くなった方が死期に何を思ったのか、本人しか分かりません。残された者は死者の思いを想像するしかないのです。

 

どのようなケースで亡くなったとしても、遺族、ご本人が納得できる死を迎えられる制度を築いていかなければなりません。 

 

 今後この事件について詳しい事実が判明してくると思います。

その事実から教訓を学び今後の医療制度に生かしてくれることを期待したいですね。 

最後まで、読んでいただき有難うございました。

 

それではまた!